この患者さんは、とある証券会社の方でした。咬み合わせは大きくゆがんでいて、かなり以前から咀嚼の不自由さはあったのですが、お仕事が忙しく根本的な治療を行うには、まとまった時間がとりにくいという状況でした。部分入れ歯が頻繁に壊れ、そのたびに応急的に修理をするということを繰り返してきました。とある日、「仕事が変わるので、それまでの間、まとまった時間ができた。根本的な処置をして欲しい。」とのご希望を示されました。
まず行うことは咬み合わせの診断です。かつて日本の歯科界が混とんとしている時代に南カリフォルニア大学で補綴を学ばれ、仙台で開業されている阿部晴彦先生が開発されたシンラシステムという診断器具を使用して、咬み合わせがどの程度ひずんでいるかを調べました。左右的にどのくらいの非対称性が存在するのか、前後的な咬み合わせの平面の傾きはどうかなど、3次元的なものを勘ではなく客観的に評価できるのが本システムの特徴です。これによって、咬み合わせをどう設定するか、すなわち、正面からみて左右対称な咬み合わせの平面、前後的な適正な範囲内の咬み合わせの平面の傾斜、上顎前歯の切端の位置、下顎前歯切端の位置、下顎の咬み合わせた時の位置(どこで咬んだらいいか、ずれていないか)、咬み合わせの高さ(何処からどのように計測するかすべて基準値があります)、個々の残存歯の位置は適正でそのままでいいのか、矯正するのか、補綴(被せもの)で形態を変えるのか、欠損があればそこをどう回復するのか、すなわち入れ歯で行うのか、インプラントで回復させるのか、矯正で欠損スペースを埋めるのかを検討します。術者の考えだけでなく患者さんの希望、術者ができる事とできない事、治療期間、治療費などの要素で治療方針が左右されます。
今回の患者さんに対しては咬み合わせを分析した結果、個々の残存歯の状況やご本人の予算などから、上顎は残存歯を抜歯し総義歯、下顎残存歯は歯冠補綴(被せもの)、下顎欠損部はインプラントで行うことになりました。
咬み合わせが術前と大きく変わりますので、患者さんにとっては大工事です。部分入れ歯を使用してきているとはいえ、今回上は総義歯です。受け入れていただけるか毎回一抹の不安はありますが、幸い今回も受容していただけました。咬み合わせが低かったのが、本来の高さに近いためか周囲からは「顔が変わって生き生きしている」と言われたそうです。まだ上の総義歯は仮のもので、下の天然歯も仮の状態です。右下にはインプラントを入れて今後仮歯を入れる予定です。仮入れ歯、仮歯がすべて揃い調整して問題がなければ本義歯、本歯に変えていく予定です。まだ右下奥が入っていない状態で咀嚼機能検査は標準値100を超えていました。それなりに咬めているようですが、本番でこれより値が良くなることが期待されます。
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