私は時々、(それほどファンというわけではないのですが)宝塚をはじめとする劇団の観劇に行く事があります。役者さんのレベルを担う主な要素として歌唱力、演技力、ダンス力があげられています。私は専門家では無論ないので歌の事はよくわかりませんが、とある音楽スクールのブログに書かれていた事として、バラードなど明るい歌を歌う際には「頬を持ち上げて、上の歯が見えるようにして歌う」とありました。今回とりあげる患者さんは、プロのオペラ歌手を教えているほどの声楽家の方でしたが、長年口の中の悩みを抱えていらっしゃいました。「歌を教えている時は仕方が無いので意識しないのですが、教え子達と集合写真を撮る時にはいつも歯がなるべく見えないように笑わなければならないんです。」とおっしゃるのです。
Kさん(女性)は初診時81歳でした。当院に非常勤で来ている口腔外科専門医が大学病院でKさんの舌癌治療(舌の部分切除で予後良好)をしていて「歯も綺麗にしたい」との事で紹介されました。最初のお口の中は下にあるような状態でした。


Kさんは当時も現役でプロのオペラ歌手を指導されていて多くの門下生を抱えておられるほど、その世界では著名な方でした。20歳代でドイツに留学中、奥歯を数本抜かれたとの事でした。歯が欠損しているところは歌を歌う関係で部分入れ歯は受け入れられない様子でした。先に述べたように舌癌で舌部分切除をされていますが、それ以外の病歴はなく服薬もされておらず、極めて元気で健康そのものといった感じでした。門下生の方も患者さんとして紹介で来院され、聞くところによると指導者としては厳しい方と伺いましたが、経営危機に瀕していた某有名オペラ団体に私財を投じて救ったというエピソードをお持ちで人間的に尊敬できる方でした。
型取りをして作った石膏模型を分析してみると様々な問題点が浮き彫りになりました。


治療のゴールはどの辺にあるのか。全体像はどんな感じになるのか。下の写真にあるような赤い蝋を使って模型上でイメージを具現化していきました。こうした作業は平日の治療の合間ではできないので、土日出勤して行っていきました。こうしたクリエイティブな作業が好きなのかもしれません。仕事というより趣味に近いのかもしれません。こうした裏方の仕事も性に合っているのかもしれません。


全体像をつかみながら個々の歯や欠損部分の問題にも対処していきます。具体的には根管治療やインプラント埋入などを行っていきました。


個々の問題を解決してから2回目の仮歯作りに入りました。赤い蝋で最終的な形を具現化した後、歯の色をしたプラスチックに置き換えました。この操作は院内技工士さんの力を借りました。これをKさんの口腔内に装着し、審美的、機能的に問題ないかを確かめ、この仮歯を調整した形態を模倣する形で最終的な被せ物(セラミック)に変えていきました。




最終的な被せ物を入れた後で、型取りし模型を作って術前と比較検証しました。





治療が終わり最初のメンテナンスで来院された時に「これで集合写真の時に上の前歯を見せて心置きなく笑える」とおっしゃっていただけました。

ご丁寧なお手紙も頂きました。



全顎治療と聞くと敷居が高いとお感じになるかもしれませんが、治療計画案提示だけでも受け付けていますので、お気軽にご相談下さい。実際に説明だけで治療に至らなかった方もいらっしゃいますし、説明から数年後に治療を始めた方もいらっしゃいます。考える事が好きなので遠慮されなくていいですよ。
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