「全顎治療って芸術作品作りみたいですね」

もう今から10年前になります。Oさんは当時57歳の女性でした。初来院時は表情が虚ろな感じで、だいぶお疲れになっている様子でした。私の古くからの患者さんの紹介でお越しになりました。色々伺ってみると、2人で飲んでいる時に「ひどい歯だね、あんた。私の行っているところで治してもらいな」と言われたそうです。ご本人曰く「親の介護で自分の歯どころではなかった。終わったので綺麗にして欲しい」との事でした。お口の中はこのような状態でした。

口腔内の状況です。欠損が多く、上の前歯は虫歯で崩壊しており、ほとんど咬めていない状態でした。
レントゲンです。残念ながら残せない歯もありました。残せる歯をどの様にし、歯が無い所を含めてどの様に咬み合わせを構築していくか思案のしどころです。

全顎治療(フルマウスリコンストラクション)の事もある程度ご存知でした。「数百万円は払えないが、数十万円ならよい(高額な補聴器購入のため)」「インプラントがいいのは知っているが、インプラントを含めた切開等の外科処置はしたくない」との事でした。ご予算の範囲で対応するために、残せる歯の被せ物は健康保険適用のもので、歯が無いところは金属の補強フレームが入った部分入れ歯(保険外)で行うことになりました。

「今まで数件の歯医者にかかったが、いずれも途中で挫折しました」とおっしゃっていたので、私がゴールに導いてさしあげられるかどうか一抹の不安がよぎりましたが、会話の中でOさんの覚悟のようなものを感じたので、私も覚悟をもって臨むこととしました。まずOさんの治療に対する意欲を持ってもらおうと前歯の見た目の改善に着手しました。前歯の仮歯が入った時、Oさんの表情に変化が見て取れました。

奥歯を喪失し、踏ん張りがきかないので下前歯の先端が上の前歯裏側の歯茎に当たっている状態でした(上写真2枚)。上前歯に被せ物をするには元はこれくらいあったんだろうという咬み合わせの高さを設定する必要がありました(下写真2枚)
模型上でのシミュレーションを行い技工操作後、前歯に金属の土台をセットし1回目の仮歯を装着しました。

とりあえず見かけをある程度回復させた後、奥歯が無くなったところに部分入れ歯を入れるための環境を整える作業に入りました。具体的には手前に倒れている下の奥歯を部分矯正で起こす事を行いました。本当はもう少し起こしたかったのですが、矯正装置の違和感が気になった様子だったので、まあ良しとしました。矯正期間は2か月でした。

部分矯正を行うため2回目の仮歯に入れ替えました。
部分矯正で下の奥歯が手前に倒れていたのを起こしました(矢印)

前歯、奥歯の環境が整ったら前歯と奥歯が一体型の3回目の仮歯を作り、全体的な咬み合わせが問題ないかどうかを探っていきました。

3回目の仮歯です。前歯と奥歯の一体型で取り外し式です。左上が上顎の表側、左下が上顎の裏側、右上が下顎の表側、右下が下顎の裏側です。
3回目の仮歯を装着したところです。調整して咬み合わせが問題ないかどうかを確かめていきました。

3回目の仮歯で問題ないことを確認した後、いよいよ本番の被せ物、入れ歯作成に入っていきました。まず上顎です。

金属のフレームが基本構造の入れ歯です(保険外)。金属なので薄くすることができ強度があります。これによって違和感が少なくなります。
ご予算が限られていたので被せものは全て健康保険適用のものです。
先ほどの入れ歯を装着したところです。

下顎です。

上顎と同じように金属のフレームがベースの入れ歯です。
下顎の被せものも全て健康保険適用のものです。
入れ歯を装着したところです。

術前と術後です。

術前
術後

途中、入院されて治療が滞ることもありましたが、何とかお互いゴールまでたどり着くことができました。Oさんの忍耐と協力に感謝です。こうしたすべての過程を写真に撮り治療の進み具合をお見せしてきました。術前後の写真はお渡ししました。定期健診もほぼ欠かさずお見えになり、初診時の虚ろな表情は消え、毎回笑顔で診療室に来られるのは、こちらにとっても救われる気分がします。Oさん曰く「全顎治療って、何だか芸術作品を作るような感じですね」。そうなんです。だからこちらも楽しいのです。

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