TさんはF銀行の方で60代男性でした。「他院でインプラントを入れたが乱暴なのでこちらで診て欲しい」「上もインプラントでやって欲しい」そのとの事で来院されました。お口の中はこんな状況でした。


レントゲンを撮ってみると様々な問題点が浮き彫りになりました。



一番の問題点は当院で扱っていないメーカーのインプラントがTさんのお口の中に入っていた事でした。インプラントメーカーは海外から国産のものまで多数存在し、各メーカーによって様々なパーツの形状や使用器具等の規格が異なるため(互換性がないため)、Tさんに入っているインプラントに今後もし何かトラブルがあった時には、私には対応できない事になりご迷惑をおかけすることになってしまいます。どこのメーカーか書籍で調べましたが結局似たような形状のメーカーが多く区別がつかなくて、わかりませんでした。


以上の事を説明し「前医に戻るか、大学病院のインプラント科であれば複数のメーカーのインプラントを扱っているからそちらを紹介します」と申し上げました。
Tさんは「前医には戻りたくない。できればここで何とかして欲しい」と食い下がりました。私は「もし既に入っているインプラントに問題が起これば私には対応ができません。その際には大学病院を紹介せざるを得ませんが、それでもよろしいですか?」と申し上げました。Tさんは「その場合は仕方がない。そうならない事を願って、ここでやって欲しい」とおっしゃいました。また私は「上はインプラントではなく義歯をお勧めします」と申し上げたところTさんは「仕方ない。しかし可能であればインプラントでやって欲しい」との事でした。
お口の中を型取りして石膏をついで模型を作ってみると、今後治療を引き継いでいく上で頭を抱えたくなるような問題点が山積していました。インプラントが入っている位置や方向が困った事になっていました。


とりあえず、何とか見た目と機能を回復すべく、1回目の仮歯を作る作業を行いました。大まかな最初の技工操作は私が行い、仕上げは院内技工士の方にお願いしました。


上下の1回目の仮歯を口腔内に装着しました。咬み合わせが低くなってしまった状態から、元に近い高さになる事により隠れていた上唇が見えるようになり、口元が変わったと喜ばれました。



この仮歯を使いながら根管治療やグラグラの歯を抜いてインプラントを追加するなどしていきました。その後、2回目の仮歯作りに着手しました。2回目は本番の被せ物や義歯の模範となる形態を追求しました。元々入っているインプラントの位置に問題があり、位置自体は変えられないので、歯並びのアーチの左右対称性を実現するのに苦労しました。



2回目の仮歯を入れて経過をみて問題ないとなったので、その形態を模倣して本番の被せ物や義歯を完成させました。






Tさんは上もインプラントを希望されていましたが「この入れ歯で十分です」とおっしゃっていただけました。技術的に非常にやりにくいケースでしたが、Tさんの穏やかなキャラクターと「ここで何とかしてほしい」という一貫した情熱に助けられました。
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