今回取り上げさせていただく患者さんは、これまで度々取り沙汰されていたマスコミの歯科インプラントに対するネガティブ報道などにより、ある程度のインプラント不信感があった方でした。しかし、知的レベルは高い方でしたのでインプラントの良さも十分理解されてはいました。数年前に左下の奥歯が歯根破折で欠損となり、インプラントではなく部分入れ歯を希望され製作したのですが、使ったり、使わなかったりという状況だったようです。
定期的なメンテナンスに通われることもなく、それから数年後に来院されました。主訴は「上の前歯が匂う」でした。拝見すると歯根破折を起こしていて、割れ目に細菌等が入り込んで匂いの原因となっていました。抜歯という診断になりますが、抜歯後の欠損は入れ歯でいいとの事でした。
抜歯する前に型を取って、石膏模型上で抜歯を想定して、あらかじめ義歯を用意しました。前歯ですので抜きっぱなしというわけにはいきません。抜歯した直後に部分入れ歯を装着しました。数日経過した時点で患者さんから要望が出ました。「これ(前歯の部分入れ歯)はやばいよ。全然しゃべれない。講演活動をしているので前歯だけインプラントにして欲しい」とのことでした。
患者さんは歯科医業界でいうところの「すれ違い咬合」という厄介な状況に陥る寸前でした。上下で咬み合わせた時に歯同士の接触がないという状態です。この状況になってしまうと多くの場合、入れ歯を作っても頻繁に壊れる、歯肉に入れ歯が食い込んで痛いという状態になります。この現象をパワーポイント上で説明するための画像を編集しました。
更に、患者さんの要望通りに前歯だけにインプラントとしてしまうと、インプラントにかかる負担が大きく予後が期待できない事、左下奥歯にもインプラントを入れて前歯のインプラントの負担を軽くする必要性を示した画像を編集し、患者さんのに示しました。
「上の前歯6本欠損に対しては6本のインプラントを入れるのではなく、4本のインプラントでブリッジタイプでいいと思います。左下奥歯はできれば4本欲しいところですが、金額的に大変なので3本でもいいかもしれません。」と申し上げたところ、ここで患者さんの目が輝いて「いや、4本でしょう。」と初めてインプラントに対して肯定的な態度を示されました。カウンセリングには1時間のアポイントをとりました。
治療方針が決まったので試料採取に入りました。歯型をとって石膏模型を作り分析し、咬み合わせをどう構築するかを検討しました。
その分析を基に仮歯も自分でこしらえました。長いプラスチックの仮歯なので折れにくいようにワイヤーを内部に組み込みました。
右下のもとから入っていた補綴物(ブリッジ)と左下犬歯の被せものは、咬合再構成上問題がないと診断し、そのまま使っていただくことにしました。
術後の機能検査でも術前と比べて大幅な改善が認められました。グミを20秒咬んで溶出したグルコース量を計測することにより咀嚼効率をみる検査(100以上が正常)では149→457へ、咬合力検査(成人男子の歯が揃っている人で500以上が正常)では545→782という具合でした。患者さんは「久しぶりにご飯がおいしく食べれてうれしい」とのことでした。今後、既存の歯が歯根破折で抜歯となった際には是非インプラントでやって欲しいとの事でした。結局治療自体はインプラントと残存歯の補綴くらいで矯正(分析のみ)や歯周外科等の要素はないケースでしたが、今後歯根破折で歯を失うことをどの程度食い止められるか、経過を追っていきたいと思います。
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